home > boku-no-shelf > ユルくてアツい心理学の本 ―『心の底をのぞいたら』

boku-no

ユルくてアツい心理学の本 ―『心の底をのぞいたら』

でも、終わりまで読んだところで、こころのことって、なんてわかっていなかったんだろうなあ、もっと勉強しなければいけないな、と君たちが思ってくれたなら、ぼくはうれしい。そして、ぼくといっしょに、これからも、こころの.まだ知られていない世界を、いろいろ探検してやろうという気持ちになってくれることを、ぼくは望んでいる。

著者自身がこんなユルめなモチベーションで書いているこの本。

名前は『心の底をのぞいたら』

書いたのは、なだいなだ、2013年にこの世を去った偉大な作家だ。

精神科医として働きながら文筆活動も行っていた彼が、筑摩書房の編集者から「子供向けの心理学入門書を書いてほしい」とお願いされて書いた本らしい(「著者自身による解説」より)。

目次を見れば、なだが子供の目線に立って心理学を語ろうとしていることが伺える。「おばけがこわいのは……」や「三十六計、逃げるにしかず」、「あいつはくさいぞ」や「人間が忘れてきたこと」など、入門書といえど優しすぎるでしょうと言いたくなる見出しが並んでいる(後半に「無意識の世界」や「自我の構造」など、それっぽいものもある)。

僕がこの本を棚に入れることになった原因は、「三十六計、逃げるにしかず」のなかにある。この章のなかに、「逃げることは、ほんとにひきょうか」(原文ママ)という項があるのだが、ここを抜粋して中学校の国語の教科書に載せている教科書会社があるのだ。

このことを学部生の頃に知り、手に取ってみて衝撃を受けた。

文字通り《誰でも読める》ほど平易な文章なのに、道徳の教材など目じゃないくらいサクッと鋭利に僕の心を切り裂いたのである。

そのときの感動を共有したいので、該当箇所から一部引用したい。

逃げ出さずにたたかうこの気持ちは、ぼくたちの社会では、勇気という名まえで呼ばれている。そして、逃げたい気持ちを、ひきょうだとか、おくびょうだとか呼ぶ。ぼくたちの社会は、前のほうの衝動をりっぱなものと考え、あとのほうの衝動を価値の低いものだとしている。しかし、こうして、こころの底をのぞいてみると、ただいいとか悪いとかで、かたづけられるべきものではないことがわかるだろう。勇気だとか、おくびょうだとかは、人間にしか問題にならない価値、社会的な価値である。

僕が「批判的に物事を見てみる」ことをはじめてきちっと学んだのは、この記述からかもしれない。

この項以外でも、さまざまな人間の「こころ」の側面を、なだのユルくてアツい語り口調と一緒に見ていくことができる。「子供向け」とあるが、間違いなく大人が読んでも楽しい。

もしよかったら、音の少ない静かな空間でゆったりと読んでみてほしい。

【書誌情報(本記事投稿時点での情報)】
タイトル:心の底をのぞいたら
著者:なだいなだ
発行所:株式会社 筑摩書房
発行年:1992年1月(初版は1971年4月に「ちくま少年図書館12」として筑摩書房より刊行)
ページ数:203頁