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改めて「学校」を自分なりに定義してみる会(第5回Roots)

9月3日19:00〜21:00の第5回Rootsに参加してきました。
僕が尊敬している後輩大学院生君がプレゼンターでした。

題材に使われたのは、「近世前期の学校構想―山鹿素行と熊沢蕃山との対比―」(前田勉. 2013年. 日本文化論叢. 21, p. 31-52.)です。この論文をきっかけに様々な問いが投げられ、それらに自分たちの考えを見出していくという流れでした。

主に問いの対象になっていたのは、 教育、学校、学級、教授、学習などの概念です。

どうして「学校」は「教育の場」でありうるのか?

不思議と僕たちは「教育」と言えば「学校」を想起しがちなわけですが、 どうしてそれが成立し、成立しないのかについてじっくり考えました。

個人的に、最近巷に溢れている〈とりあえず学校だけが選択肢じゃないって言えばいいと思っている人〉たちにこの問いを考えてみてほしいと思いました。僕も別に学校だけが全てじゃないとは思っていますが、だからといって無責任に〈学校行かなくてもいいんだよ〉とは言えないなとも思っています。

そもそも、「学校」という制約から子供たちを解放しようと頑張っている人たちが、「学校に…」とか「学校を…」のように「学校」を相手にしている時点で「抜け切れていないな…」とも思うわけですが。

僕は僕がおこなっていることが「教育」だと信じています。

そのことを今回のプレゼンターは適切に見つめていました。

とても濃くて有意義な会でした。

おしまい。