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「か」から「に」に世界が変わってた話。

ちょっと前に、職場の後輩に先輩風を吹かせまくれる日があった。僕は新卒で会社に入社したので、その後の「新卒の後輩」たちにロールモデルとして参考にしてもらえる機会が結構ある。その日も、今年新卒で入ってきたばかりの社員たちに「お話し聞かせてください!」とご依頼いただいて話すことになった。


先輩風を吹かせまくる気は全然無く、むしろ後輩からいろいろと学ぼうと思っていたのだけれど、後日この話を上長にしたところ「お、どうだった、先輩風吹かせたんだろ?」と言われた。そのとき「あ、もしかしたら無意識に吹かせてたかもしれない…」と思い、あえて文章冒頭でそう書いた。でもそれは本題じゃない。


ということで、本題。


それで、後輩に何を話したのかというところなんだけれど、振り返ってみると「相手はどう思っているの?」ということを何度も繰り返し問いかけていた。そしてそれが個人的にとっても興味深かったので今回はそのときのことを題材に文章を書こうと思った。それで今書いている。


何が興味深かったかって、僕がひとさまに「相手はどう思っているの?」なんて聞いていることだ。僕は生まれてこのかた、唯我独尊的マインドで生きてきた。心の底から「自分こそ優れている」なんて思っているわけではないけれど、言動はいつも自分本位だった。だから、「相手はどう思っているの?」という言葉は、これまで、むしろ僕が言われていることだった。それを僕が、自分の意思で、今これを伝えるべきだとすら思って何度も発していたのだ。そんなバナナ。


バナナは最近食べていない。違う、バナナの話じゃない。


じゃあ僕が、他人本位になったのかというとそういうわけではない。相変わらず自分本位だと自覚している。でも、昔に比べると、自分本位に他人本位を志向しているような気がする。どういうことかというと、自分本位から他人本位に移行したのではなく、他人に思いをはせたり、他人の理想状態を良しとしたりすること自体が、自分にとっての本位になりつつある、ということである。利己が利他を包含している感じだ。


そしてその感じ、自分本位と他人本位がトレードオフの関係にならず、両輪で追うことができるという実感を持っている感じを共有したくて、何度も「相手はどう思っているの?」を繰り返し問うたのだと思う。利己が害悪だそんなの捨てろだなんて、いやいや全然、そんなことないよ、と。


振り返ってみて同時に感じたのは、こっから先、つまり〈自分本位か他人本位か〉の世界観から〈自分本位に他人本位〉の世界観に移行してからは、今までよりもむしろ〈相手のこと思いやっている気になっている面倒なやつ〉になりそうだということ。しかも、そのことに気づきにくそうだ。なぜなら、「僕はちゃんと他人本位に物事を考えようとしているんだ」って自覚が昔よりも強くなっているから。


そしたら、僕は自分にこそ問い続けるべきなのかもしれない。「相手はどう思っているの?」「ちゃんと相手に聞いてみた?」と。なんの話だったっけ、バナナ?