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「ことばを食べる」ってなんぞ?

「ことば」と「食物」に共通すると思う点を教えてください。
また、それを踏まえて「ことばを食べた」と、
今までを振りかえり感じる瞬間はいつですか?


こんな質問を投げられて、すぐに答えられる人がいるでしょうか。

9月12日に日出学園中学・高等学校の「コミュニケーション・ディベート」
という学習活動に参加しました。
参加したというより、厳密にいうと共催しました。
(やったことは大学案内と喋り過ぎるフロア役と懇親会の幹事ですが)

コミュニケーション・ディベートとは?→朝日新聞DIALOGさんの記事
今回のコミュニケーション・ディベートに関する公式の記事→日出学園中学・高等学校HP

さて、今回のテーマは「ことばを食べて生きる」でした。

……きたきたきた、こういうの大好物だ~!

しかも、リード文で吉本隆明を使うあたり、もう、どんどんカオスになっていく。

実際の議論はというと、
「考えてみたんですけど全然わからないです」
「考えても考えてもやっぱり納得いかない」
「分からな過ぎて本を●冊も読んだぜ!(ドヤ」
といった様子。
参加者全員がぶーぶー文句を言いながら、
必死に考えて言葉を紡いでいて、見ていてうっとりしそうな光景でした。

「わかる」ことがそんなに大事なのか?

教育に携わる者として、この問いは常に自分に発し続けています。
むしろ、今回のディベートのように「わからない」ことに直面したときに、
「わからないままでい続けられるかどうか」が大事だと思っています。

OK Google

Hey Siri

なんでも即時「わかる」社会だからこそ、
《知的に短気》な人がうじゃうじゃいてピリピリしてしまいそうです。
(「わかる」が鍵括弧付きな理由はあえて言わなくても…)

だから今回出会ったこの「コミュニケーション・ディベート」の集団は、
そういった意味で本当に魅力的だと思いました。
みんな《知的持久力》がありまくりで、「全員研究者になってくれ!」と思いました。


さて…


全然内容に触れないまま終わってしまいそうです。


でも、ことばがテーマなので、語り出したらきりがなくなりそうです。

ということで、今回はこれにて!