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ゆるりはらり

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定期的にいただく、「そろそろ論じる系じゃないやつ書いて」のオーダーをいただいたので、今回はざーっと書きました。

大きな荷物を持って歩いてみると、いつもの通勤路がひどく乱暴だった。僕の工夫はことごとく街に剥がされ、猫が余裕な表情で目の前を横切る。躰の片側にばかりお世話になり、バランスを乱された肩凝りは吐気を連れてきた。寒さが鞄の中にまで入ろうとするので、自販機のコーヒーは温かいものを選んだ。

僕の前で吊り革につかまる女性、手に持った紙袋、白地に黒で印刷された英字を目で追った。スマートフォンで調べてみるとLVMHの傘下ブランド。昔見たことがあったのはどこで誰が、と考えているうちに紙袋は電車を降りた。代りに目の前に来たのは、下品な生足と彼女にプレゼントした腕時計だった。

どこにいても邪魔者扱いをされた。下品な生足にも数度蹴られた。街中が目を細めて僕を見た。何も変わっていない、大荷物を持っていること以外何も昨日と変わっていないのに。舌打ちする街にこれまでの期待を返戻し、いつもより強く地面を蹴り進んだ。僕の隣にいるそれは、無差別に早足を襲った。襲撃の回数が二桁に達したとき、そばで起きているその無差別の襲撃を数えている自分に気付いた。気付いて可笑しくなり、マスクの中で声を殺して笑った。

こうなると心はとことん娯楽を求めて眼球の制御を不可能にした。笑顔はマスクに収まらなくなり、青く光る駅のホームに胸が高鳴った。もとはと言えば、もとはと言えば、モトハトイエバ…

もとはと言えば、なんだ。

迫りくるバスのライトに交差点を思い出し、頭を下げながら横断歩道を走った。ひとりひとりの苛立ちや疲労、不機嫌や哀愍を引き受けて僕は憎悪に目を眩ました。いつでもすぐに熱を持って人を憎む用意ができていることに、哀しさよりも愛おしさがこみ上げた。人を諦めないねと言われた理由が少し明らかになった。じわりと体温が上がり、周囲に人影を求めた。都心が嘔吐したあとのベッドタウンには、疲労に肩を丸めるスーツがたくさん歩いていた。

スーツの一つが目の前をフラフラ歩いているのに気づいたのは、それにぶつかる2秒前のことだった。注意が人を盲目にすると聞いたことがあったが、今さっきまで僕は自分の頭の中を見ていたことになる。スーツにぶつかる。スーツは想像以上に支柱を失っていて、僕がいるのと反対側に大きく躰を振った。そのとき、ガシャンと音が鳴り、ヒャッという女性の悲鳴が聞こえた。僕は振り返らずに歩調を早め、背中でスーツの怒号を聞いた。ポケットに押し込んでいたマスクを取り出し、笑いの止まらない口に押し当てながら家路を急いだ。